65歳以上人口が人口の15%に達する時期が到来しました。


14歳以下人口が大きく減って、孫が珍しい時代がやってきます。


平均余命が80歳に近くなった社会では、いろんな問題はありますが・・・


まず病気になったらどうするかが大きなみんなの関心事です。


そのものずばりでいえば、脳卒中などで排便と排尿の世話を他人に頼まなければならなくなったとぎにどうするか、という心配が最大の不安です。


病気そのものは、老人の増加に比例します。


病気になったとき、後遺症に悩むとき、死真近かにして心身が共に大きく哀えるとき・・・


老人は自分だけで「自分の健康を守る」ことはできないのです。

畑に肥料を運ぶ程度の手伝いは問題ないことですが、雪おろしとなるとヘルパーの仕事の「枠」には入らないように思います。


地方自治体によっては、ひとり暮らし老人のためのサービスのひとつとして、雪おろしサービスを予算化している例があります。


また、予算化されていないとしても、このような仕事は近隣の人たちの協力を求めてもよいように思われます。


ご老人は風呂を好みます。


しかし、この82歳の老人では、冬の寒い夜のもらい風呂はたいへんでしょう。


最近では移動入浴サービスを行う自治体が増えて来ました。


デイサービスでも日帰り入浴サービスを行うところも増えています。


ねたきり老人でなくても、高齢者のための移動入浴サービスが行われてよいように思います。


幸い、この記録の老人は、高齢ではあっても自立度は高いのですから・・・


ひとり暮らしを可能にするための近隣の協力態勢をつくりたいものです。

若いころは、わがままをした人だけに、隣近所の方たちも、よいおばあちゃんという人はなかったのです。


でも、わたしが数年お世話するなかで、たいへん素直になったようで、よろこんでおります。


人間誰もがとおる老人の道です。


世のながれにそって少しでも長く最後の生活に幸あるようにと祈りつつ、おばあちゃんの手となり足となるため訪問しております。


温泉行き、雪おろし、畑の手伝いまでヘルパーの仕事になっています。


やかましくいえば、ヘルパーの仕事の「枠」を越えているともいえます。


しかしお役所式にいっていたのでは、デイサービスのようなニーズの多様化している在宅老人の世話はできないでしょう。


温泉行きは好意として、勤務時間以外のお世話だったことでしょう。

大雪の朝は、訪問するとまず雪掘りからはじまります。


屋根からの雪で高窓までうづまり、家の中が真っ暗になってしまう。


大汗をかいて雪を掘り、外の明りを入れてあげる、毎年冬になると、こんなことのくりかえしです。


春になるのを待ち、家の裏の畑つくりとデイサービス通いが、このおばあさんの生きがいです。


いろいろの野菜をつくりますが、この畑の肥料はおばあちゃん自身の小便です。


春になると、一斗缶に小便をためておかれ、これを畑に運んで肥料にしますが、運ぶとき、ときどき顔にまでかかり、びっくりしました。


こうしたおばあちゃんも、ときどき


「あまり長生きしてみなさまに申し訳ない。早々死にたい。お迎え来ないかなあ」


・・・等といわれたり、何の望みもないし、毎日やっと息をついているばかりだ、と心細いことをいうようになりました。

冬のある日のこと。


このおばあちゃんが神経痛で床についたことがありました。


誰も手を貸してくれず、おにぎりお菜をつづけました。


仕方なく入院させていただきました。


そのときは医療費がたいへんだりたので、60日目で退院しました。


その後はしばらくデイサービスを利用して体を頻繁に動かすことで多少よくなったといっていました。


寒い冬のこと、なんの暖房もない掘りごたつの生活にもどりました。


こたつには、豆炭を20個も30個も入れる・・・・


そんなに入れなくても大丈夫だと話しても、寒くて体が半分死んでいるようなものだから豆炭の節約だけはさせないでくれ、といってきき入れてくれない。


中毒の心配があるので、豆炭はよくおこしてあかくなってから入れるように、と指導して来ても、ときどき中毒にかかって大さわぎすることがありました。

長湯をしないよう注意して、風呂からあがると、子どものようにシッカロールをつけてあげ、やすむことにしました。


座布団を枕に横になったと思ったのも束の間、また部屋から出ていかれた。


そっと後をつけて行ったら、また風呂場へ入ります。


一人で入って事故でも起こしたらたいへん・・・


風呂場の脱衣場よりみていました。


そのうち、洗い桶を枕にして横になっています。


とても気持ちよさそうでした。


こんなにも風呂に入りたかったのか、3回も入って、たいへんよろこんで帰宅しました。


今後もお風呂に入りたいのであればデイサービスをおススメしようと思います。

おばあちゃんの家にはお風呂がなく、近所のもらい風呂をしていたのです。


せめてデイサービスなどでお風呂に入れればよかったのですが、このおばあちゃんはデイサービスには通っていません。


7月末の暑い日がつづいたときです。


体じゅうにアセモがいっぱい出て、かゆくてせつない、温泉に連れて行ってほしい、とのこと。


温泉はおできなどに良く効くというのでお連れすることを約束しました。


その日は、早目に訪問すると支度をして待っていてくれました。


宿につくとすぐ風呂に入りました。


誰もいない風呂で今日ははだかとはだかの付き合いです。


おばあちゃんの長寿の体、よくもこんなに長生きできたものだと愛しく思いながら、肩から足の先まで何回もみがいてあげました。


足なんか、ひと皮もふた皮もむけてきました。


「他人の家ではこんなことはできない。湯だってえんりょして使わなくてはならないし、気兼ねしてしまう。今日は極楽、極楽・・・・・」


・・・とそれはよろこんでくださいました。

帯もしないで、びらびら姿で受けとっています。


「ああ、よかった。すぐ代筆して礼状を書いてくれ」


・・・と言われます。


おばあちゃんは病気ではなかったのです。


お金がなく、ふところがさびしかったのです。


ふところがさびしくなると、ご飯ものどをとおらない・・・。


デイサービスへ遊びに行ってもおもしろくない、と話してくれました。


今回の送金が少し遅れたので、ガッカリしての床の中だったのです。


おとしよりにはなんといってもお金がいちばんの生きがいです。


そしてお金をつかった時はその都度、大福帳に記入しており、いつ死んでも迷惑のかからぬようにしている、とのことです。

わたしはこれまで老人家庭奉仕員として働き、歳月がながれました。


最初から訪問しデイサービスを利用しながら今年で6年目になるおばあちゃんがおります。


82歳のひとり暮らしのおばあちゃん、とても気丈失で気性は男性のようです。


何回も養子をもらったが長つづきせず、現在はおばあちゃんの実家から出た人が養子となっていますが別居中で、この人の毎月の送金で生活しております。


ある日、「おばあちゃん、おはよう。まだ寝ているの」と声をかけてあがっていきましたが・・・


いつもは起きて待っていてくれるおばあちゃんは床に臥せています。


「どこか痛いの、それとも苦しいところでもあるの」


・・・ときくと、小さな声で「腹あんばいが悪い」といいます。


なにか悪いものでもたぺたのか、熱でもあるのかと頭に手をあててみましたが、そんな様子もありません。


おかしい、と思いながらも、お湯でも沸かして、と思っていると、戸ロに「書留!」と郵便屋さんの声。


・・・すると、おばあちゃんはとび起きました。

老人ホームでなくても、看護中心のホームとか、入院・退院時の一定期間を限って世話する・・・


いわゆるデイサービスより進んだ、老人ホームより軽度の中間施設を設置してほしいものです。


さて、金銭欲中心の老女もいます。


金銭以外にも大切なものがあることを知らせる努力、むずかしいことですが必要だと思いました。


・・・つまり、金銭以外には頼るものがないという状態から、そうではない状態に置く努力とでもいえばよいのでしょうか。


自ら幸せを求める努力ができる老人こそ、理想の老後の姿です。


ヘルパーやデイサービスの仕事の中で、このような前向きの老人にしむけていく役割が重要です。


社会福祉の仕事の重要なひとつの柱は、このような自立性を高めるための援助であるといえます。