2011年11月アーカイブ

ある人は1週間に1度は風呂に入れてくれ、ということなので、ヘルパー2人で訪問しました。


入浴がたいへんです。


自分はされるままになっています。


浴槽への出し入れが重労働です。


入浴を終えると、2人のヘルパーの方は汗だくです。


最近はデイサービスでも入浴をさせてくれるらしいので、できればこちらを利用して欲しいところ。


入浴をすませ、山のように積まれた洗濯物をかたづけ終ると昼食にします。


2人でもちよったものを3人で分けてたべますが、おばあちゃんもそれをたのしみにしていたようです。


せっかくつくってあげた煮物は、あとでひとりでたべるといいながらも、3人でお膳をかこむという家庭的な味ももとめているのです。


お赤飯や五目御飯、おそば等をもって行ってあげることにしています。


布団を敷くと、その位置を前だ、後だ、もっと右よりにしろ、とかならず文句をいいます。


・・・そして、ようやく解放されるわけです。

ある日訪問すると、いつ息をひきとるのかと思うばかりの病状に、すっかりうろたえて医師を頼みにかけずりまわりました。


その日、帰りに寄ってみると、デイサービスへ遊びにいってしまって留守になっております。


安心するやら、ガッカリするやら、複雑な気持ちで帰ってまいりました。


このおばあちゃんは、玉ねぎの天ぷらが大好物で、かならず2日分をつくらせます。


その都度涙をこぼしながらの料理です。


そして里芋の煮付けもつくってほしい、といいます。


泥つきの芋を買ってこさせます。


そしてお鍋いっぱいに煮ておきます。


いくらおいしそうに煮えても、けっしてその場ではたべません。


・・・あとでひとりでたぺるのです。

わたしは、数多くの期待と希望をもってホームヘルパーとなり、2年がたちました。


そして数多くの独特な性格をもった老人に会いました。


わがままで自分本位の老人、カラに閉じこもってしまう老人、デイサービスを何より楽しみにする老人などに接すると・・・


最初のあの張りつめた気持ちはどこへやら、あるときは失意のどん底につきおとされたように感じて、何度かやめたい、と思ったこともありました。


とある老女は筋ジストロフィーという不自由な身体で、ひとり暮らしでしたが、この難病から逃れようと必死だったのか、新興宗教を信じておりました。


わたしが訪問する時間が遅くなると、もう機嫌が悪く、「おはようございます」と声をかけても返事もしてくれません。


もういちど大きな声で声をかけると、いっそう声をはりあげて読経します。


・・・仕方なく、支度をして掃除にかかります。

記録を読みながら胸が熱くなってきました。


ヘルパーの派遣によって、かえって老人と家族との間が断たれるといったケースがよく見られます。


むしろこれと反対に、離れがちである老人と家族の間を、つなぎとめる役割がヘルパーに課されているのです。


17年間も、ねたきり老人の世話をしてきた嫁の苦労は、たいへんなことだったでしょう。


嫁さんへのいたわりも必要だと思います。


それはともかくとして、両者とよく話し合って、事態の好転をみたことは、努力のしがいがあったと思います。


とくに人間関係の悪化は身体的にも悪影響を与えるし、反対に人間関係の好転は身体的に好影響をもたらすものであることが、この事例でよくわかります。


老人とヘルパーやデイサービスだけの間で、心が通じ合うのではなく、家族ともども通じ合うことがなによりも大切なことだと思います。


対象老人が感謝の気持ちとして、ヘルパーにプレゼントを申し出たとき、どのように対応すればよいか・・・。


老人の気持ちをこわしてはいけないし、一方、公共の仕事でプレゼントをもらうわけにはいかない。


その理由がわかる相手ならばよいのですが、わかってもらえない場合もあるでしょう。


そのようなときの方法についても、日ごろから十分に検討しておくことが必要でしょう。


「本当によかったね、家の中をそこまでもっていってくれて、本当によかった」


・・・と保健婦さんにいわれたときは、自分では当然のことをしてきたまでだ、と思うと同時に、嫁さんのこころにまでその余韻が伝わったんだな、と安心しました。


その後、いく日かたち、保健婦さんからこの老人の死を伝えられました。


いくらなんでも、あの時の会話が最期になろうとは・・・。


やはり、あの時は生への執着が声を高くして泣かせたのでしょう。


この老人が残した金の指輪、もらって来なくてよかった・・・。


これは当然この家に残しておくべきだ・・・


のちのちまでも、あの指輪を嫁さんが指にしたとき、かならずお父さんを思い出し、供養をしてくれることでしょう。


わたしの真心は、金も銀もほしくはなかった、あの言葉だけが、わたしには何ものにも勝る贈りものでした。

今日からデイサービスやヘルパーなどの介護ブログを始めます。


頑張って更新していきますのでよろしくお願いいたします。


わたしの仕事はホームヘルパーです。


この間の帰り道、重いペダルをふみながら、いろいろ考えつづけました。


ある老人が、


「嫁にはあなたまでのこころがない」


・・・といったのです。


その言葉が痛く耳に残ってはなれません。


わたしはヘルパーとして、本当にこの老人にたいして最善の道をえらび、つくしたのだろうか・・・。


この2年間、一歩一歩の足跡を思いかえしてみても、是とも非とも判断がつきません。


誰かに何とかいってもらいたい心境でした。


翌朝、こんな気持ちをさっそく保健婦さんに打ちあけ、また気になるおじいさんの容態をみてほしい、と相談しました。


老人を訪ねた保健婦さんの話では、保健婦さんを迎える家族の人たちの様子が以前とは違って、今日はあちらから「ごくろうさま」と声をかけてくれたといいます。