ホームヘルパーについての最近のブログ記事

冬のある日のこと。


このおばあちゃんが神経痛で床についたことがありました。


誰も手を貸してくれず、おにぎりお菜をつづけました。


仕方なく入院させていただきました。


そのときは医療費がたいへんだりたので、60日目で退院しました。


その後はしばらくデイサービスを利用して体を頻繁に動かすことで多少よくなったといっていました。


寒い冬のこと、なんの暖房もない掘りごたつの生活にもどりました。


こたつには、豆炭を20個も30個も入れる・・・・


そんなに入れなくても大丈夫だと話しても、寒くて体が半分死んでいるようなものだから豆炭の節約だけはさせないでくれ、といってきき入れてくれない。


中毒の心配があるので、豆炭はよくおこしてあかくなってから入れるように、と指導して来ても、ときどき中毒にかかって大さわぎすることがありました。

長湯をしないよう注意して、風呂からあがると、子どものようにシッカロールをつけてあげ、やすむことにしました。


座布団を枕に横になったと思ったのも束の間、また部屋から出ていかれた。


そっと後をつけて行ったら、また風呂場へ入ります。


一人で入って事故でも起こしたらたいへん・・・


風呂場の脱衣場よりみていました。


そのうち、洗い桶を枕にして横になっています。


とても気持ちよさそうでした。


こんなにも風呂に入りたかったのか、3回も入って、たいへんよろこんで帰宅しました。


今後もお風呂に入りたいのであればデイサービスをおススメしようと思います。

おばあちゃんの家にはお風呂がなく、近所のもらい風呂をしていたのです。


せめてデイサービスなどでお風呂に入れればよかったのですが、このおばあちゃんはデイサービスには通っていません。


7月末の暑い日がつづいたときです。


体じゅうにアセモがいっぱい出て、かゆくてせつない、温泉に連れて行ってほしい、とのこと。


温泉はおできなどに良く効くというのでお連れすることを約束しました。


その日は、早目に訪問すると支度をして待っていてくれました。


宿につくとすぐ風呂に入りました。


誰もいない風呂で今日ははだかとはだかの付き合いです。


おばあちゃんの長寿の体、よくもこんなに長生きできたものだと愛しく思いながら、肩から足の先まで何回もみがいてあげました。


足なんか、ひと皮もふた皮もむけてきました。


「他人の家ではこんなことはできない。湯だってえんりょして使わなくてはならないし、気兼ねしてしまう。今日は極楽、極楽・・・・・」


・・・とそれはよろこんでくださいました。

帯もしないで、びらびら姿で受けとっています。


「ああ、よかった。すぐ代筆して礼状を書いてくれ」


・・・と言われます。


おばあちゃんは病気ではなかったのです。


お金がなく、ふところがさびしかったのです。


ふところがさびしくなると、ご飯ものどをとおらない・・・。


デイサービスへ遊びに行ってもおもしろくない、と話してくれました。


今回の送金が少し遅れたので、ガッカリしての床の中だったのです。


おとしよりにはなんといってもお金がいちばんの生きがいです。


そしてお金をつかった時はその都度、大福帳に記入しており、いつ死んでも迷惑のかからぬようにしている、とのことです。

わたしはこれまで老人家庭奉仕員として働き、歳月がながれました。


最初から訪問しデイサービスを利用しながら今年で6年目になるおばあちゃんがおります。


82歳のひとり暮らしのおばあちゃん、とても気丈失で気性は男性のようです。


何回も養子をもらったが長つづきせず、現在はおばあちゃんの実家から出た人が養子となっていますが別居中で、この人の毎月の送金で生活しております。


ある日、「おばあちゃん、おはよう。まだ寝ているの」と声をかけてあがっていきましたが・・・


いつもは起きて待っていてくれるおばあちゃんは床に臥せています。


「どこか痛いの、それとも苦しいところでもあるの」


・・・ときくと、小さな声で「腹あんばいが悪い」といいます。


なにか悪いものでもたぺたのか、熱でもあるのかと頭に手をあててみましたが、そんな様子もありません。


おかしい、と思いながらも、お湯でも沸かして、と思っていると、戸ロに「書留!」と郵便屋さんの声。


・・・すると、おばあちゃんはとび起きました。

老人ホームでなくても、看護中心のホームとか、入院・退院時の一定期間を限って世話する・・・


いわゆるデイサービスより進んだ、老人ホームより軽度の中間施設を設置してほしいものです。


さて、金銭欲中心の老女もいます。


金銭以外にも大切なものがあることを知らせる努力、むずかしいことですが必要だと思いました。


・・・つまり、金銭以外には頼るものがないという状態から、そうではない状態に置く努力とでもいえばよいのでしょうか。


自ら幸せを求める努力ができる老人こそ、理想の老後の姿です。


ヘルパーやデイサービスの仕事の中で、このような前向きの老人にしむけていく役割が重要です。


社会福祉の仕事の重要なひとつの柱は、このような自立性を高めるための援助であるといえます。

ある人は1週間に1度は風呂に入れてくれ、ということなので、ヘルパー2人で訪問しました。


入浴がたいへんです。


自分はされるままになっています。


浴槽への出し入れが重労働です。


入浴を終えると、2人のヘルパーの方は汗だくです。


最近はデイサービスでも入浴をさせてくれるらしいので、できればこちらを利用して欲しいところ。


入浴をすませ、山のように積まれた洗濯物をかたづけ終ると昼食にします。


2人でもちよったものを3人で分けてたべますが、おばあちゃんもそれをたのしみにしていたようです。


せっかくつくってあげた煮物は、あとでひとりでたべるといいながらも、3人でお膳をかこむという家庭的な味ももとめているのです。


お赤飯や五目御飯、おそば等をもって行ってあげることにしています。


布団を敷くと、その位置を前だ、後だ、もっと右よりにしろ、とかならず文句をいいます。


・・・そして、ようやく解放されるわけです。

ある日訪問すると、いつ息をひきとるのかと思うばかりの病状に、すっかりうろたえて医師を頼みにかけずりまわりました。


その日、帰りに寄ってみると、デイサービスへ遊びにいってしまって留守になっております。


安心するやら、ガッカリするやら、複雑な気持ちで帰ってまいりました。


このおばあちゃんは、玉ねぎの天ぷらが大好物で、かならず2日分をつくらせます。


その都度涙をこぼしながらの料理です。


そして里芋の煮付けもつくってほしい、といいます。


泥つきの芋を買ってこさせます。


そしてお鍋いっぱいに煮ておきます。


いくらおいしそうに煮えても、けっしてその場ではたべません。


・・・あとでひとりでたぺるのです。

わたしは、数多くの期待と希望をもってホームヘルパーとなり、2年がたちました。


そして数多くの独特な性格をもった老人に会いました。


わがままで自分本位の老人、カラに閉じこもってしまう老人、デイサービスを何より楽しみにする老人などに接すると・・・


最初のあの張りつめた気持ちはどこへやら、あるときは失意のどん底につきおとされたように感じて、何度かやめたい、と思ったこともありました。


とある老女は筋ジストロフィーという不自由な身体で、ひとり暮らしでしたが、この難病から逃れようと必死だったのか、新興宗教を信じておりました。


わたしが訪問する時間が遅くなると、もう機嫌が悪く、「おはようございます」と声をかけても返事もしてくれません。


もういちど大きな声で声をかけると、いっそう声をはりあげて読経します。


・・・仕方なく、支度をして掃除にかかります。

記録を読みながら胸が熱くなってきました。


ヘルパーの派遣によって、かえって老人と家族との間が断たれるといったケースがよく見られます。


むしろこれと反対に、離れがちである老人と家族の間を、つなぎとめる役割がヘルパーに課されているのです。


17年間も、ねたきり老人の世話をしてきた嫁の苦労は、たいへんなことだったでしょう。


嫁さんへのいたわりも必要だと思います。


それはともかくとして、両者とよく話し合って、事態の好転をみたことは、努力のしがいがあったと思います。


とくに人間関係の悪化は身体的にも悪影響を与えるし、反対に人間関係の好転は身体的に好影響をもたらすものであることが、この事例でよくわかります。


老人とヘルパーやデイサービスだけの間で、心が通じ合うのではなく、家族ともども通じ合うことがなによりも大切なことだと思います。


対象老人が感謝の気持ちとして、ヘルパーにプレゼントを申し出たとき、どのように対応すればよいか・・・。


老人の気持ちをこわしてはいけないし、一方、公共の仕事でプレゼントをもらうわけにはいかない。


その理由がわかる相手ならばよいのですが、わかってもらえない場合もあるでしょう。


そのようなときの方法についても、日ごろから十分に検討しておくことが必要でしょう。


「本当によかったね、家の中をそこまでもっていってくれて、本当によかった」


・・・と保健婦さんにいわれたときは、自分では当然のことをしてきたまでだ、と思うと同時に、嫁さんのこころにまでその余韻が伝わったんだな、と安心しました。


その後、いく日かたち、保健婦さんからこの老人の死を伝えられました。


いくらなんでも、あの時の会話が最期になろうとは・・・。


やはり、あの時は生への執着が声を高くして泣かせたのでしょう。


この老人が残した金の指輪、もらって来なくてよかった・・・。


これは当然この家に残しておくべきだ・・・


のちのちまでも、あの指輪を嫁さんが指にしたとき、かならずお父さんを思い出し、供養をしてくれることでしょう。


わたしの真心は、金も銀もほしくはなかった、あの言葉だけが、わたしには何ものにも勝る贈りものでした。

今日からデイサービスやヘルパーなどの介護ブログを始めます。


頑張って更新していきますのでよろしくお願いいたします。


わたしの仕事はホームヘルパーです。


この間の帰り道、重いペダルをふみながら、いろいろ考えつづけました。


ある老人が、


「嫁にはあなたまでのこころがない」


・・・といったのです。


その言葉が痛く耳に残ってはなれません。


わたしはヘルパーとして、本当にこの老人にたいして最善の道をえらび、つくしたのだろうか・・・。


この2年間、一歩一歩の足跡を思いかえしてみても、是とも非とも判断がつきません。


誰かに何とかいってもらいたい心境でした。


翌朝、こんな気持ちをさっそく保健婦さんに打ちあけ、また気になるおじいさんの容態をみてほしい、と相談しました。


老人を訪ねた保健婦さんの話では、保健婦さんを迎える家族の人たちの様子が以前とは違って、今日はあちらから「ごくろうさま」と声をかけてくれたといいます。